鬼虎征伐

沖縄旅行は素晴らしいものでした。ここで小話を。


鶴言島はひどい飾餓かつづき、島民はほとんど飢え死にし、私たちだけかのこった。


与那国島はニライカナイのように食物が豊かと聞き、舟を出したが遭難した。


お助けくだされ、といって、四方から艶美な女たちか縄りついた。


さすかの鬼虎も計略とは思いおよばす、すすめるあ酒を一気に岬った。


その虜かまわるころを見はからって、豊見親か急襲し、宝刀治金丸をもって首級をあげることができたと伝えています。

人生の種 その3

グレン・レーラーのおはなし・・・その2(=゚ω゚)ノ

「高校を卒業して大学の教養課程に入る前は、アメリカ国内をくまなく歩き回りました。

精神世界に目覚めたのは一九七一年です。

当時は、教師が口を開く前に何を言いたいのかわかっていたので、質問される前に答えることもできたでしょうね。

幽体離脱も体験しました。

壁を通り抜けて中庭に出て、自分の肉体を振り返って眺めていたんです」

「大学に一年ほど通ったあと、海外への旅に出ました。

フランス、イタリア、ギリシャが主な旅行先で、それぞれの国の古典芸術を研究してきました。

でも神話の故郷であるギリシャまで行っても、充実感は湧いてはこないのです。

私はすでに神秘体験を経験していましたから、あの体験を再び味わうことのほうに興味がいっていたのです」

人生の種 その2

グレン・レーラーのおはなし・・・その1(=゚ω゚)ノ

彼のような作品を製作している芸術家は、世界であわせても数人しかいません。

「仕事がいやになったことは一度もありません。

自分のやりたいことをずっとやってきたまでです」とグレンは言います。

「現在、宝石業界でも私の作品は認められていますし、いずれその作品が業界全体の大きなトレンドになるだろうと思っています。

本当にそうなったら、人生の目的が果たせたと実感できるでしょうね。

私はいつも、『光(目的)が見えないときは、楽しいことをやることにしよう。

自分で楽しめないようなものが、誰かの役に立つはずがない』と考えています」

人生の種 その1

心のなかの宝石とは(^o^)ノ

こんにちは。

今回は、つねに自分の情熱に素直に従っている、芸術と精神世界の探求者のお話をします。

グレン・レーラーは熟練した金細工師・宝石アーチストとして、人には真似のできない彫刻を制作しています。

この分野の第一人者である彼の作品は、博物館に展示され、国内ばかりでなく海外でも宝石のカッティング技術の賞を受けています。

彼のデザインは数々の出版物に紹介され、宝石雑誌の表紙を飾ったことも何度かあります。

オペラ事情・・・その2

1637年、ヴェネツィアに史上初めての公開オペラ劇場(サン・カッシアーノ劇場)ができたのを皮切りに、17世紀末までに少なくとも16もの公開オペラ劇場が開設された。

こうした劇場は貴族が所有権を買って運営されていたが、ここで画期的なのは一般市民たちも入場料を払ってオペラを楽しむようになったことです。

祝典など、貴族の勢力誇示と結びついていたオペラは、ここで一般市民に開放されたことでまた新たな局面を迎えた。

ヴェネツィアのオペラは市民という不特定多数のパトロンを得て閉じられた宮廷芸術の枠を脱し、この都市の自由な空気の中で大仕掛けで大衆的な色彩を帯びていきます。

オペラ事情・・・その1

有力な貴族が単独で統治していたフィレンツェやマントヴァと異なってヴェネツィアは共和制をとっていました。

オペラはそれまで宮廷の圧倒的な勢力を誇示する機会と結びついて歩んできたため、ここヴェネツィアでオペラの需要はなかなかのびなかった。

クリストフ・ワイキューブの話によると、ヴェネツィアに移ったモンテヴェルディも、オペラはマントヴァ宮廷や他の宮廷からの依頼を受けることが多かったようです。

しかし、オペラという新しいジャンルの芸術が次第に強い流れとなるに従い、ヴェネツィアにもオペラを受け入れる気運がたかまってきました。

知っとこう・・・切手のすかしの調べ方2

すかしの分かりやすい切手は、裏側を見ただけでもすぐ分かりますし、黒地の紙や下敷きなどの上にのせると、もっとはっきり見えます。
こうしたやり方でも、まだよく分からない切手もあります。

アメリカ切手のすかしなどは、その例だといえます。
このような切手では、切手を裏返しにして黒い皿の上に置き、これにベンジンを数滴たらしてみると、すかしは相当はっきり見えてきます。

このための専用の黒い皿を、すかし検出皿と呼び、外国では郵趣付属品の一つにあげています。

もし、このすかし検出皿が手元にないときは、小さなガラスの透明な皿を、黒い紙の上にのせて、代用することもできます。

知っとこう・・・切手のすかしの調べ方

すかしは、用紙をすく作業の途中で、用紙の厚さを部分的に変化させて作ったものです。
ある場所だけを、他の部分より薄く作ると、これを明るい方へ向けて見たとき、そこだけに明るく見えます。

また、逆にある場所だけを、ほかより厚く作ると、そこだけが暗くなって見えます。
図案の部分の厚さを薄くして作ったすかしは「白すかし」、厚くして作ったすかしは「黒すかし」などと呼ばれます。

日本切手のすべてのすかしと、外国切手のほとんどのすかしは、白すかしの方です。
この厚さの変化が大きいものほど、すかしとしては分かりやすく、変化の少ないものは分かりにくくなります。

知っとこう・・・切手のすかしによる分類

用紙に関係して、外国切手の分類上重要なものに、「すかし」があります。
発行国の中には、例えばフランスのように、基本的にすかしを使わなかった国もあります。そして、大多数の発行国では、現在はすかしを使わなくなっています。

例えば、アメリカやスイスは、戦前にすかしを使わなくなっていますし、イギリスや西ドイツも、1960年代にはすかしを廃止しています。

しかし、少し古い切手を分類するとき、例えば19世紀から1930年代あたりまでの切手を分類するときには、多くの国の場合、すかしの知識が必要です。

日本切手でも、1950年代まではすかしが使われていたわけですが、外国切手では日本切手のすかしよりも面倒な問題があります。

それは
①すかしの分かりにくい切手がある
②すかしの図案に細かい変化のある例がある
といったことによります。

知っとこう・・・切手の現物を通じて区別を知る2

こうやって、用紙見本が切手の実物を使って用意できれば、それと比較して他の用紙の感じもまた、自然に分かってくるでしょう。

どうしても分かりにくい例については信頼できる切手商から現物を買うとか、先輩の重品を譲ってもらうとかいったことも、やってみるとよいでしょう。

わたし自身は、どうしても分かりにくいものだけ、
外国の信頼できる切手商から直接買うことにしています。
こうした費用は切手の勉強をする上での「授業料」ということになります。

授業料を払うことを惜しんでいては、いつまでも不正確な知識しか身につかないでしょう。