アラビア半島では・・・1


アラビア半島では女性に声をかけるべからず。


イスラム圏の国々では、友人や知人に会ったときや電話で話す際、相手の家族の近況をたずねるのが常識となっていることは既に紹介したとおりです。


このマナーが、イスラム教国家すべてに通用するかというとさにあらず。


話しかける相手によっては、逮捕監禁につながることもあるというから恐ろしい。


それがアラビア半島の大部分を占める国、サウジアラビアです。


世界最大級の石油とガスの埋蔵量で有名なサウジアラビアは、同時にイスラム教の聖地メディナとメッカを擁する。


毎年200万人を超すイスラム教徒たちが、巡礼(ハッジュといわれる)に訪れる、もうバリバリのイスラム教の中心に位置する国なのだ。


もう少し詳しく紹介すると、サウジアラビアの人々の多くは、イスラム教のスンニ派の中でも厳格な解釈をするワハブ派に属しています。


昔のインテリアのお話 4

ルイ13世の時代に洗練されたルネッサンス様式が完成しました。


カクトワール(おしゃべり)の椅子とよばれる婦人の社交用の肘掛け椅子や、彫刻と豪華なつづれ織りによって飾られた四柱式ベッド、二つ重ねの衣裳戸棚などがあります。


イギリスの貴族の大邸宅は、一階にホールとダイニングルーム、二階には社交場としてロングギャラリーをプランするのが特徴でした。


室内は彫刻をした飾り棚つき暖炉を中心に、豪華な雰囲気をつくり、家具装飾には人物や動物の彫刻、透かし彫り、メロン形とよばれる脚が用いられていました。


ファジンゲールチェアは、広いスカートをつけた婦人用の椅子です。


また、カップボードやダイニングテーブル、テーブルと長椅子を組み合わせたセッツルなどがあります。

昔のインテリアのお話 3

ルネッサンス(15世紀~16世紀)。


ルネッサンスは、キリスト教会と封建領主の支配体制から脱した近代生活を目指し、文化の面ばかりではなく、政治、経済、生活様式など、人間を尊重したギリシアやローマの古典文化復興を目指して展開された改革運動時代です。


イタリアのフィレンツェを中心に始まり、富豪や貴族たちが、文化・芸術・建築などに理解のあるパトロンとして推進力となって、パラッツォとよぶ古典建築様式を取り入れた大邸宅などを建築し、華やかな社交生活をしていました。


室内は大理石、フレスコ画、象眼などの豪華な装飾をしていました。


家具は建築を縮小したものと考えられ、彫刻や象眼の発達と、つづれ織りやビロードなど高級織物の生産が装飾に影響を与えました。

この様式は十五世紀後期にフランス、十六世紀前期にドイツ、十六世紀後期にイギリスへと移入され、それぞれの国の文化や民族性、生活様式などと融合しながら発展していきました。


イタリアでは、つづれ織りやビロードの壁掛け、じゅうたんの使用、ビロードの椅子張り、壁鏡などを用い、シンメトリーに家具の配置がなされていました。


フランスでは、イタリアの芸術家たちの協力を得て、フォンテンブロー宮や、ルーブル宮を建造し、華麗な室内装飾が施され、王侯、貴族の高度な趣味や生活に合うような家具が求められました。


家具装飾のモチーフには渦巻き模様、人物像の飾り柱、花輪、貝殼などを使った彫刻装飾がされていました。

昔のインテリアのお話 2

ゴシック(13世紀~16世紀)。


北フランスの教会建築から発展した様式で全ヨーロッパに普及していきました。


ゴシックといいますと、高くそびえたつ大教会堂を思い浮かべるように、リブボールト、尖頭アーチなど細長い十字型を基本とした垂直線を強調、ステンドグラスを使っています。


代表的な建物に、パリのノートルダム寺院やケルンの本寺院などがあります。


社会の秩序がいちおう安定しているため、生活の向上や安楽な生活へ目を向け、広場が生活の中心となり、キッチン、トイレが設けられています。


ギルド組織も生まれ、家具の種類も増え、製作技術の飛躍もあって、権(かまち)組み構造の大きな家具ができるようになりました。


全面彫刻で装飾され、精巧をきわめたものです。


チェストに腰掛ける形式のものが多く見られ、カップボード、ドレッサー、天蓋つき大型ベッドでプライバシーを保つというように新しい家具がでてきました。

昔のインテリアのお話 1

ローマ帝国は衰退後、東西ローマに分かれ、それぞれの文化圏をつくり発展させていきますが、古代の社会と芸術の伝統は失われ、身分制度による封建社会とキリスト教による文化が普及発展します。


★ビザンティン(4世紀~15世紀)
東ローマ帝国の都であるコンスタンティノープルを中心として15世紀まで続いた文化であり、キリスト教の神秘さと厳格さを華麗な色彩とモザイク画で表現しています。


家具は堅苦しい直線的なものが多く、支配階級の王座は重量感があり象眼装飾がされていました。


マキシミニァヌスの王座は権威の貴座としてはビザンテイン様式の代表です。


ベッドはローマと同じで足台が備えてあり、ベッドに横になって食事をとっていました。


ロマネスク(11世紀~12世紀)は、ローマ、ビザンティンの影響を受けた建築様式であり、多くの石造の城郭建築が建造されています。


領主や教会の勢力が強力であったため、文化の中心であった教会や修道院を厚い壁、太い柱、アーチ、水平線で強調し建造しています。


家具の種類は少なく、城郭建築様式の模倣といわれ、椅子やベッドにアーケード手法が使われています。

イイ場所発見しよう 5

1879(明治12)年から6ヵ年にわたって、十勝を原点として大発生したトノサマバッタの大群は、遠く日高・石狩・胆振地方まで飛行移動して農作物に大害を与え、農民の心胆を寒からしめたことは北海道の開拓史上あまりにも有名です。


新内のバッタ塚は、1884年5月に約92haにわたって地面を掘り起こし、卵を集めて埋めた所です。


また若齢の幼虫は約724入の俵に詰めると、この地域だけでも3300個にもなり、いかに異常発生したかがうかがえる。


駆除人夫は30m2に1ヵ所あてに集めた卵や幼虫を積み上げ、その表面に土を厚く盛り上げて打ちかためて生き返らないよう防御した。


後年これを「バッタ塚」と称したのです。

デジタルのお話

どうも!いつもインターネットFAXにお世話になっている私です。


さて、今日は、「デジタル革命」とはいったい何なのかを考えるための問題提起というような形で話をさせていただきたいと考えています。


まずは「デジタル革命」とはいったい何なのかということを、体感的におわかりいただくことが最初かなと思います。


そこで、過去十年間にコンピューター、特にパーソナルコンピューターというのはどういう形で進化をしてきたのかということと、次の十年間でパーソナルコンピューターのスピード、能力の向上が、どこまで行き着くのかというようなことから入りたいと思います。


逆に言いますと、今からだいたい10年後の時点でパーソナルコンピューターの能力がどのくらいになっているか、またそれを取り囲む通信等の環境がどうなっているかという予測ということになります。


パソコンの前に、コンピューターの歴史の話をしておきますと、1996年が実はコンピューターが誕生してからちょうど50周年だったそうです。

イイ場所発見しよう 4

今日は、十勝平野・バッタ塚について。


札幌駅からJR石勝線で新狩勝トンネルを抜けると、やがて大平原が展開する。


国道38号線の富良野方面から狩勝峠を越えてくる方法もあります。


どちらの峠からも雄大な展望が楽しめる。


その最初の町が新得で十勝地方の玄関口にあたり、大雪山国立公園東大雪地域の入口でもあります。


新得駅から車で国道38号線を北にむかって6㎞、道路わきの養魚場標識から左に曲がり淡水養魚場入口から2kmほどの町有林内にバッタ塚があります。

リズミカルな英語で

out of orderもbrokenも学校で学んだものであるが・・・


どうもリズムがない。


正しい英語は、Does it work?だけでよいのだ。


「これはこわれていません」は、It works.なのである。


・・・私は、これまででは、このような簡単でリズミカルな、斬れる英語を扱ってきた。


それに加えて英会話を毎日少しでも聞いていれば、さらに早く英語の力をつけることができるようになる。


とくに私のブログが役立ったという人の中で、外国で生活した体験のある人、外国人(アメリカの婦人)と結婚している日本人男性などは、異口同音に、


「英語をちょっと口に出すと、外国人は、深く首を振りますね」


・・・と喜んでくれる。


私の英語が"斬れる"というのである。


英語でいえば、My English cuts.ではなくて、It really works.なのである。


私は毎日ソファー ベッドに寝転びながら、英語の本を読んでいる。


イイ場所発見しよう 3

国道336号線のうち、庶野から広尾町までの約31kmの道路は、1927(昭和2)~34年に多額の費用を投じて開削され、黄金道路とよばれています。


日勝目黒バス停から猿留川沿いに山道を7km、徒歩で3時間の山中に、日高山脈襟裳国定公園内で唯一の自然湖である周囲2kmのハート型をした豊似湖があります。


別名を馬蹄湖といい、1798(寛政10)年、探検家近藤重蔵が千島から帰る途中、幌泉一広尾問の道を開こうとして部下のひとりが馬もろとも断崖から転落死し、そのときのひづめの跡がいつまでも残っていたという伝説に由来するという。


また潮の干満に関係して湖の水も増減するといわれています。